March 16, 2011

Coffee and Cigarettes / Augustana

Coffee and Cigarettes / Augustana

あれから数日経って、でもそわそわが止まらないままでいるのはきっと、地震があってそれで終わらなくて、そのあとも日本がずっと落ち着かないからだ。

外国にいて、しかもそれが中国だと、得られる情報がほんとに少ない。
会社では常にYahooニュースと、原子力資料情報室のサイトを開いていて、リロードを繰り返す。原子力資料情報室は、ここんとこ会見を多く開いているようだけれど、それも見ることができない。地団駄を踏みたくなる。

アパートの隣人や、食堂のおばちゃん、会社の警備員さんに「家族や友人は大丈夫か」と聞かれ、苦笑いをしながらとりあえず「大丈夫」と答え、そのあとに「いまのところは」と付け加えて、それからそんなことを言ってしまったことにびっくりする。でもまだ「大丈夫」かどうかわからない。わたしも安心してないし、相手にも安心してほしくない。

海外にいる日本人や、日本に家族・友人がいるひとはみんな、わたしと同じ想いかなぁと思ったりする。
それはたとえば、自分だけ安全なところにいてなんだか申し訳ないような気持ち。心配していることや、はやくいつもの生活に戻れるよう願っていることを伝えたいのに、それから、もしかして日々の片付けやさまざまな作業に追われて、ニュースを知らないかもと思って知る限りのことを伝えて、
それでかえって相手をげんなりさせてしまったり、疲れさせてしまったりすることに対する後悔。何もできないことに対する焦燥感とかいろいろないまぜになってぐちゃぐちゃでもやもやで。

当事者になりたいとさえ思うんです。ニュースひとつにイライラそわそわしてるくらいなら、
こんなところで高見の見物をしてないで日本へ行っていっしょに苦労をしたり、恐怖を感じたり、同じ想いをしたいんです。でもそれもいまそこにいないからそんなことが言えるのかもしれない。自分の生活をちゃんとして、自分の仕事をちゃんとして、自分の人生をちゃんと生きて、来るべきときに備えなくちゃと思うけれど、ときどき立ち止まって、こんなところで何してんだろ、って何度も言ってしまう。
それから、落ち着こうと思ってオフィスの外の廊下でタバコを吸って、同僚(というか先輩)がコーヒーを入れてくれて、また仕事に向かう。

こんなのがただの取り越し苦労で終わればいい。だけどひどいことはたくさん起こるから、願うだけで何もできないで見てるなんてのはもう嫌なんだって思ってもやっぱり何もできない。こういうことを吐き出すところもない。そこにいないし、余震で揺れてるときも何も感じないし、怖がる資格なんてないのかもしれないけどでも怖い。怖いと思わないようになんて自分に強制できない。寄付だって募集したし大使館にもメールしたしだけど何かしてあげられてる気がしない。わたしもはやくもとに戻りたい。


lyuking at 01:40│